Tの拾遺

(テキスト作成は1997年)

第23話 化石の森の闘い

脚本・松岡清治  絵コンテ・斧谷稔

102◆ラカン◆

シーラカンスのラカン。

シーラカンサス類ラティメリア・チャルムナエ・スミスは、1938年に発見され翌年に確認された。「生きた化石」とはいえ、古生代のシーラカンスは体長五十cm程なのに対し、現存種は百五十cmに及ぶ。更に、かつては肺呼吸であったものが、海域へ戻った為その肺は脂肪の塊になっているらしい。最近、生態の観察も行われるようになり、群れ単位で生活している事も確認されている。

第23話のラカンは、ポセイドンの力によって、不死身で且つ甲冑魚ディニクチスほどの大きさとなり、外観も同じく甲冑魚テリクディオデスそっくりにされた。ラカンの役割が、「アルゴナウティカ」に於いて、イアソンに航路を教えるピネウスに相当する事は前項に書いた。ラカンが、この予言者ピネウスと異なるのは、果てなき老年からの解放を望んでいた事である。吸血鬼ですら、食物(血)を得る事と生が不可分であるのに、ラカンは何も必要としないらしい。正しく、生きた化石なのだ。老いに導かれていったものには救いがないと言われる。ラカンの死は「アルゴナウティカ」へのアンチテーゼに思える。

103◆化石の森

ラカンに案内されたトリトン一行は、毒の水と水圧の作用で石化したトリトン族の屍の群れを見る。そこでラカンは、トリトン族が武器を巧く使えなかった事を伝える。しかし、衣服を纏う文化を持つ種族が、武器を使えないというのは信じ難い。トリトン族には、アトランティス人に反抗できないよう、セキュリティが仕掛けられていたのではないか。ポセイドンの怪人たちは、それを逆手にとったとも考えられる。すると、トリトン族にとって短剣は、封印された器物もしくは、抜いたとしてもトリトンのように力を引き出せなかったのではないだろうか。剣は使い手を選ぶのだから…。

「化石の森」のモデルは、死都ポンペイの発掘時に、石膏で復元された市民の中毒死体だろうか。他に、海底をさ迷う水死者の列の伝説もあるが、固着しているという点が異なる。

おそらく、陸人の「アイヒマン実験」に見られるような、支配?従属のどす黒い関係の中で、化石の森の如き所業が行われたのであろう。とはいえ、ポセイドン族もひどいが、ここ百年で合計一億三千万人を殺戮した陸人も、相当にひどい種族と思える。

104◆セイノス◆

予告編では海サソリ、本番では海ムカデ、と製作現場の混乱を伝える怪物セイノス。セイノスの名はムカデの羅語。そのズバ抜けた能力は、海中を時速二百Kmで泳ぐ事である。海洋生物最速である、マグロの瞬間最大時速百六十Kmより更に速い。

TVアニメでのムカデの怪物といえば、「鉄腕アトム」のガデムに代表される、小型メカの多数合体ヴァージョンが主流である。大ムカデの伝説では、「太平記」及び「東海道名所記」の俵藤太の百足退治や「今昔物語」巻第二十六・第九がある。また、「百足」と書いて「おさむし」と読む文献もある。

実在種の海ムカデは、イソシマジムカデやイソナガムカデ、モモムカデといった純海浜種が日本近海に棲息しており、満潮時の水没に耐える事ができる。