Tの拾遺

(テキスト作成は1997年)

第18話 灼熱の巨人タロス

脚本・辻真先  絵コンテ・大貫信夫

079◆空から手が来る◆

何かに追われているような船員たち。座礁している船。狭い水道にしては船が大きい。下手をすると旋回もできないのではないか。船は、捕鯨砲を確認できないが、型は捕鯨船に酷似している。

突然、虚空から「悪魔くん」第3話か「光速エスパー」のグローブモンスターか、或いは「ジャイアント・ロボ」のガンガーかと見紛うようなデカい手が船を押し潰す。手の主は、青銅の巨人タロスであった。

080◆空から岩も降る◆

FRP製の遊魚船が、アデリーペンギンの群れを追い、容赦なく発砲している。銃に対しては水中の方が安全だが、追い込まれて、やむなく上陸した所を殺られる一方である。すると頭上から、数トンはある岩塊が降ってきて、逆に船を狙い打ちする。かつて、クレタ島の守護神であったタロスは、ペンギンの守り神となっていた。

ペンギンの最大の敵は、言うまでもなく人間であった。コストの割高な人工油を売り捌くために、欧州列強の大企業が、獣脂の生産を止める方針をとっていなければ、ドードーと同様に絶滅していたに違いない。

081◆マゼラン海峡◆

トリトン達が通過しようとしているマゼラン海峡は、むろん架空の海峡である。実際には難所ではあるが、これほど狭くはない。「海のトリトン」での海峡は、言わば関所であり物語の収斂する魔の隘路である。
これは、タロスと同じく「アルゴナウティカ」に登場する「プレガデスの岩」のディバージョンである。

『勇者らは両側からごつごつした岩礁が迫る、曲がりくねった水路に来た』

映画「アルゴ探険隊の大冒険」では、カプセル巨神・トリトンが岩をくい止めるが、原典ではアテナが岩を止める。「アルゴナウティカ」に於いてイアソンらは、ハルピュイアに食事を邪魔される老人を助ける事で、クレタまでの航路を知り、プレガデスの岩を切り抜ける。老人とは、ゼウスによって果てしなき老年を与えられ、眼から光を奪われた予言者ピネウスである。ピネウスは、ハルピュイアによって食事ができず、不死のため餓死もできず、永遠に苦しむよう宿命づけられている。

つまり、トリトンは大西洋へ辿り着くための使命を果たしていない。ポセイドンによって、永遠の牢獄につながれた二者を、解放しなければならないのである。(ラカンの食事を邪魔する魚たちがさしずめハルピュイアになろうか)
そして、霧に煙る海峡でトリトンはタロスと対峙する。

082◆崖を登る◆

トリトンの握力・腕力・脚力は並みではない。タロスの大きさから推測して、崖の高さはビル7〜8階建てに相当しよう。トリトンは、テーピングもせず補助器具も使わずに、フリークライミングで果敢に挑む。凄い…としか言いようがない。

083◆灼熱の巨人タロス

「海のトリトン」のタロスは、「アルゴナウティカ」翻案史上最強の魔神となって現れた。原典のタロスは、等身大の青銅人である。くるぶしの腱の下にある血管を覆う薄い膜以外に弱点がない。タロスの使命は、クレタの守護であり、近づく船には砕いた岩を投げつけて追い払っていた。
別の翻訳では、体から高熱を出して敵に抱きつき焼き殺すとある。

映画「アルゴ探険隊の大冒険」でのタロスは、骸骨兵士と双璧を成す衝撃的な映像であった。ここでの巨人というモチーフは、ロードス島の太陽神アポロの巨像から取材しているらしい。像の建造は、紀元前4世紀頃の事で、大理石の台座が十五m、青銅の像の高さが三十三mという、NYの自由の女神かマジンガーZなシロモノである。この伝承は、台座の上の像から、いつしか港の入り口の岬を両足で踏まえ股の下を船が出入りした、という伝説に変化した。映画にも同様のシーンがある。

「トリトン」のタロスは、これらの融合体であるが、単独兵器としての必要上、新たな要素として自己保存能が加えられている。海峡へ入ってくる船など、簡単に粉砕するタロスは、オリハルコンの短剣との接触によって、おそらく、初めて激烈な苦痛を味わったのであろう。次の瞬間から、見かけはレハールの指示通りだが、動機は完全にスリ代わっている。生け捕りを命令されていたとしても、トリトンを殺そうとしたかもしれない。

終盤、くるぶしの栓を溶かされ崩壊したタロスの目から、涙のような泡沫があふれ出す。それが生への執着か、分解していく痛みを感じているのか、得体のしれぬ葛藤から解放されたためかは知る由もない。

タロス、「イーリアス」のアキレウス…くるぶしの周辺が弱点である超人。日本にも同様の逸話がある。何か、トローマか、実例があったのだろうか。

尚、「アルゴナウティカ」にも、オリハルコン、アトランティスといった単語が使用されている。また、「北風のうしろの国」という表現が、現在の英国を指すくだりもある。