Tの拾遺

(テキスト作成は1997年)

第5話 さらば北の海

脚本・宮田雪  絵コンテ・山吉康夫

034◆蜃気楼◆

『蜃気楼とは、乳色のフィルムの表面に墨汁をたらして、それが自然にジワジワとにじんで行くのを、途方もなく巨大な映画にして、大空にうつし出したようなものであった。』

江戸川乱歩「押絵と旅する男」の冒頭に語られる蜃気楼の描写である。蜃気楼は、大蛤あるいは蛟が気を吐いて現われる楼台の意である。蜃楼、貝楼、空中楼閣、海市、ミラージュ、ファタ・モルガーナの別名を持つ。

蜃気楼は、温度差の激しい空気の境界で光が屈折する現象のため、大気が汚染されると規模や幻像のシャープさが減退するらしい。トリトンは、遥か遠くにある島の蜃気楼を見たわけだが、よほど鮮明だったのであろう。蜃気楼の出る日時を知り尽くしていたセイウチのバキも、大したものだと思う。

日本で蜃気楼を観察できる場所といえば、富山県魚津市が有名である。見られる季節は冬から春。インターネットで蜃気楼予報を確認してから行くのが良策であろう。

035◆ユニコーン◆

イッカククジラを基にした怪物である。武器となる角は顎ではなく、伝説の一角獣ユニコーンと同様に頭部(?)から出ている。尾鰭が十字型になっているが、どのような利点があるのかは不明。

イッカククジラの特徴である、左巻きの螺旋模様を持つ長い牙は、10世紀から欧州を中心に売り捌かれていた。角の出どころが17世紀に解明されると、その価値は下落したらしいが、東洋・ロシア・中東では短剣の柄や薬として、さかんに求められている。

イッカククジラ自身にとって、この牙がどのように役立っているのかは現在も明らかではない。氷を突き破るほど丈夫ではないし、魚を突き刺しても食べる事ができないのだ。雄のディスプレイ器官であろうという説が有力である。牙の長さで互いの優位さを競い合うとも言われる。但し、交尾期には激しい突き合いが起こり、牙が刺さって死ぬものもあるらしい。

伝説のユニコーンの方は、紀元前4世紀にクテシアス「インド史」に記述されたのが最初とされている。大プリニウス「博物誌」に於いて、現在のイメージが固まったらしい。ユニコーンは、優雅・孤高・強靭さのシンボルであり、「最後のユニコーン」は至高の力のシンボルである。

036◆シロフクロウ◆

鳥類としては、最北端に分布しており全身純白になる。ミノータスの怒りの冷気に運悪く触れ凍ってしまう。この死に至る凍結は、ドリテアの鞭と好一対である。フクロウは、氷の中のプロテウスとのダブル・イメージによって、象徴である死の強調を図ったものだろうか。