Tの拾遺

(テキスト作成は1997年)

第7話 南十字星のもとに

脚本・辻真先  絵コンテ・山吉康夫

044◆こねて、まるめて◆

ピピのわがままにブチ切れたトリトンは、怒りを岩にこねて丸めて、高々と持ち上げて海へ捨てる。この岩が半端な大きさではない。にもかわらず、ヒョイと差し上げて、ポイと放り投げる。

通常、類縁の生物が発揮できる筋力には、さほど差異は無いと言われている。例えば、チンパンジーは握力が200〜250Kgもあるが、走る力は弱く、特に持久走はお話しにならない。環境への適応の結果、握力を特に生み出す構造を得たわけである。 トリトン族は、海中を高速で泳ぐために速筋繊維を主体に全身の筋力が発達していると思われる。通学していた頃のトリトンは、おそらく中長距離走以外は並外れたレコードを残したに違いない。

045◆小屋を作る

基本は、筏の組み方と同じである。強度を得るため、部分的に接木が必要と思われる。木の細工オリハルコンの短剣は使えないので、打製または磨製石器ナイフを準備する方が難事かもしれない。

それにしても、家造りをしている間の食料確保は、イルカ達がやってくれているわけで、組織力の強みというものを実感したのではないだろうか。

046◆リューダー◆

原作版トリトンにも登場する大海蛇。竜のような怪物なのでリューダーなのか、独語の「人非人」「撹拌棒」に由来するのか定かではない。

 海竜巻と見紛うような水柱を巻き上げて、トリトンとピピを翻弄する。相手が人間ならば、吸い上げて落下させれば死に至るが、トリトン族相手ではそうも行かないらしい。相手が疲れて動けなくなった所を見計らい食い殺すか、締め殺す算段だったようである。しかし、オリハルコンの短剣の力で、一瞬の内に蒸し焼きになってしまった。(合掌)

新田次郎「珊瑚」に於いて、珊瑚採りの漁師が海竜巻によって命を落とす場面がある。この部分は、巻き上げられた漁師の視点で描写されており、ちょっと恐いぐらいだが、参考になると思われる。

047◆アトランティス、地球海ネットワーク◆

第4話、5話では「かつて大西洋上に…」で始まったナレーションが、第6話以降「今から五千年の昔…」へ変更された。これは、映画「地底探険」終盤のアトランティス遺跡発見シーンでの科白が基になっている。

それはともかく、アニメ・トリトンは、アトランティス大陸が紀元前三千年に沈んだ所から始まる物語なのだ。原作トリトンは、ムー大陸を起源としており、アニメは日本からより遠い所を選択した結果である。

今から五千年前とは、考古学上どのような時代だったのか。歴史年表を見ると、地質年代はアトランティック期とサブ・アトランティック期の中間、サブ・ボレアル期で、おおまかには新石器時代に区分されている。世界各地はと言えば、欧州は巨石文化、クレタではエーゲ文明、アナトリア地方ではトロヤ文明、エジプトは第一王朝、中近東ではシュメール文明、インド亜大陸はインダス文明、中国では、新たに発見された殷以前の王朝が、それぞれ芽吹いた時期である。間氷期に入り、急激な海進がようやくピークを過ぎ、海岸線が安定した時期でもある。

どうやら製作者たちは、アトランティス文明崩壊直後に世界各地で文明が勃興した…とイメージしているらしい。他にもマヤ遺跡の石碑に見られる絶対年代の始まりが、紀元前約三千年とか、付会可能なネタはある。しかし、一般的に流布されている、アトランティス大陸滅亡は一万二千年前なのだ。

この七千年のギャップを埋める物語は、もう誰かが書いたのだろうか。 あの、ハンコック「神々の指紋」の最終ネタになったフレマス夫妻「アトランティスは南極大陸だった」は、ひとつの情景を提示してくれる。それは南極から見た世界だ。南極を中心にした世界地図というのは、最も美しい地図ではないだろうか。無論、私的な感想に過ぎないのであるが。

ひとつの情景とは、かいつまんで言うと以下のようになる。南極に首都機能を備えた都市があり、三大洋には浮体式の巨大な人工島が建設され、その周囲には小型のサテライト島が設置される。大西洋の巨大人工島をアトランティス、小型の人工島をアトラス人の城と呼ぶ。南極の中枢都市が壊滅し、生き残った設備は全て大西洋へ運び併合される。人工島からは食料と資源調達のため、各地へ人が派遣される。やがて、出先の植民地と人工島との反目が生じて、戦いが起こる。人工島側の主力兵器はオリハルコン、植民地側は瞬く間に掃討されるが、その力も尽きて地中海沿岸地方との戦いは、互角の武力で衝突し人工島側が一旦引き下がる。そして、酷使されたポセイドン族の叛乱が起こり人工島が崩壊、膨大な浮体ブロックが海上を埋め尽くす。

これが五千年前。かくして、人工島の中核だけが残って海底へ沈み、ポセイドン族の都市となる。田中光二「わが赴くは蒼き大地」と山田正紀「アフロディーテ」を足して割ったような話…、ホラ話は大きいに限る。

全ては、プラトン「ティマイオス」と「クリティアス」がフィクションではないという所から始まっている。この辺の事情は聖書と似ているが、発掘や調査が進めば何が飛び出てくるか判らない。但し、水深百m以浅の海底から遺跡らしきものが出ても、それは当然の事で、更に深い所から発見されなければ意味がないに等しい。最終氷期が終わり急速な温暖化で、融氷水による大洪水と急激な海面上昇が、事実として起こっているからである。そして、日本の縄文早期つまり一万年前ですら、文化らしきものを持っていたのだから、世界となれば更に進んだ文明の遺構を残していても不思議ではない。

また、融氷水(冷たい淡水)と氷山の大流出によって、寒の戻りが起きている。(ヤンガードリアス寒冷期) 当時、生息していたマンモスに止めをさしたのは、この寒の戻りだと考えられている。ウナギの大西洋回遊についても、氷期ー間氷期のイベントを考慮して検討する必要があろう。世界各地で農業が始められたのもこの時期で、温暖化後の寒冷期到来による食料不足が、トリガーになったと推測されている。

肝心のアトランティス大陸だが、大西洋海底は沈み込むプレートが存在しない上、現在までの海底探査では、めぼしい成果があがっていない。地中海クレタ/ティラ島説に於いても、発掘されたクノッソスから戦さの痕跡(堡塁等の防御施設)が発見されておらず、プラトンの記述した末期の好戦的アトランティス人と一致しない。先の「神々の指紋」等で紹介された南極大陸説についても言及すると、だいたい以下のようになる。

  • 南極で発見されている古生物は、約二億年前の恐竜が現時点の最古である。
  • マンモスの絶滅や各地の大洪水は、氷期―温暖化―寒冷期のサイクルで発生したイベントであり、伝説の中には地震による津波と解釈した方が自然なものも含まれている。地殻の移動が無くとも充分に説明がつく。
  • 南極の氷床が、現在の形になったのは二百五十万年前。
  • 南極の氷床が全て無くなり、アイソスタシー(地殻均衡)の後、現れる大陸予想図と元ネタ本の氷床のない南極の図には差が大きい(当然か?)。
  • 地球公転軌道の離心率、地軸の公転軌道に対する傾き角度、歳差運動は、日射量への影響が大きいのであって、地殻を動かす力とはならないし、地殻は沈み込むプレートがマントルに爪を立てた状態のためズレたりしない。
  • 氷床の厚さと降雪量の関係は、地殻移動とは関係ない。内陸で高地ほど氷床 が厚いのは当然である。
  • 北米大陸に於ける氷床のない地域は、山岳部の中腹にあたり、これは自然の生業である。この現象は山に詳しい者なら周知の事である。

後代になって、考えられたものは、矛盾等が批難の的になり易い。だからといって、各地の遺跡の価値が減ずるわけではない。技術的な解明のされていないものもあるし、何より造られた理由が判らない。征服者・略奪者・宣教師らが、あまりにも多くのものを破壊してしまったからだ。

この世に謎がある限りアトランティスは何度でも浮上する。養老猛司「唯脳論」でも述べられている。人間の考えた事は外側に必ず実現していくと…。