Tの拾遺

(テキスト作成は1997年)

第3話 輝くオリハルコン

脚本・松岡清治  絵コンテ・正延宏三

022◆筏の組み方◆

筏の組み立ては、ロープの結び方の基本を総動員しなければならない。十字架しばり、床しばり、ふた結び…。トリトンの筏は、マストの固定方法がよく判らない。「未来少年コナン」の宇宙船の廃材を使ったアウトリガー・ボートはともかく、トリトンの場合は静索が不可欠だと思える。舵も要ると思うし…。それにしてもマコンブの帆は豪快だ。

023◆ゲプラー◆

巨大な大王イカ。おそらく「海底二万マイル」を基にしていると思われる。但し、イカの生態に関しては、最近TV放映された「ビースト」の方がさすがに正確であった。イカの吸盤には、タコとは異なり「歯」がある。吸いつくだけではなく、噛みつけるのだ。

また、ゲプラーの「足」は、津波を起こせるほど強力な水流制御能力がある。これだけで陸人の沿岸地域は壊滅的打撃を被るだろう。更に毒のスミも噴射できるが、マーカスの毒ほど強力ではないようである。ゲプラーの語源は独語の「絶え間ない叫喚」だろうか。

024◆オリハルコンの短剣◆

オリハルコン、オレイハリコン、オリハルコサイト、オレイカルコス。アトランティス研究者が推測する材料は、酸化亜鉛、あるいは銅合金。つまり光源を必要とする輝きである。しかし、古代ギリシャ文明を基に、鋳造方法を考察するのは正しい方法なのだろうか。また、精練時の廃棄物の処理は…。

「海のトリトン」に於けるオリハルコンの短剣は、輝く剣というエクスカリバー以来の伝統によるのか、それとも「炎のように燦然と輝く」金属という伝説に則ったものか判然としない。いずれにせよ、出来上がったものは古今類を見ない剣として登場した。燃えるような光を発し、岩をも溶かす恐るべき力を秘めて。

見掛けの大きさに比べて、膨大な熱と光を発生させるものの代表は、核物質である。従来、臨界を得るために、ウラン235で25Kg超、プルトニウム239で8Kg超が必要と考えられてきた。しかしながら、高純度のプルトニウム、高効率の反射体、理想的な中性子源及び減速材が得られたなら、理論上は五百gで原爆が製造可能らしい。五百gといえば、飴玉一個の大きさであるから核テロには最適といえる。あと爆縮装置の技術も必要ではあるが。

こういった力のある石と各地に残る巨石建造物、そして石を自在に加工する技術を合成し、全ての「石」を操る特異な科学をもつアトランティス文明が想像できる。オリハルコンの短剣は、元々ひとつであったものを分離・精製する事で未知の力を引き出している。これらが、トリトンという仲介者を得て、合一し太極へ還る。

短剣の輝きは水陸を問わない事から、オリハルコンが普通の代物でない事が判る。輝き=光とは、高い軌道にある電子が、低い軌道へ戻ろうとする際に放出される光子であるが、短剣の複雑な発光パターンを見ていると、シンクロトロン光とおぼしき現象も見られる。また、塵に反射する光のような微細な明滅も存在している。
短剣の輝きは、単純に励起・放出されたものではなく、まずオリハルコンを中心にした超巨大な原子が発現し、それに伴って空間に極小多数の空間湾曲が発生する。これらは任意に磁場を形成し、超巨大原子が放出する光を収束すると同時に、散乱する光電子からも光を奪うアンギュレーターとして機能する。ここまでは、ポセイドン像のオリハルコンも同じシステムである。

短剣の場合は、剣の周囲で明滅する別の輝きがある。これは局所的な高エネルギーによって生まれた反粒子の一部による極微の対消滅反応なのだ。反粒子の大半は、空間の歪みに、電荷を持たない光子と共に包まれ、貯蔵された状態にある。このオリハルコンの反粒子は、ポセイドンの造り出すオリハルコンの粒子と対消滅反応を起こす。まるで、ポセンドンの傘下にあるものや制御下にあるものだけを選別し、狙い打ちするかの如く振る舞うのだ。反粒子の放出するエネルギーは、核分裂の一千倍に相当する。ポセイドン像の放つ力は、一種の自由電子レーザーであり、熱損失が発生しないため連射も可能であろう (コロニー・レーザーより進んでいる)。

短剣の中に封じ込められている超巨大原子は、他の巨大原子と同じく、本来なら地球には存在しない。原子の大きさは、トリトンを通じて異世界から流れこんでくる力に左右される。これはトリトンの気力・精神状況に影響されるが、疲労した際に蓄積される物質が阻害要因となっている事も考えられる。

短剣は、力の基を封じ込めるために硬度・粘度の異なる素材によって、8枚合わせ状の構造を成しており、単に剣としても相当な切れ味を示す。

025◆ドリテアの鞭◆

ゴーゴンと御対面すると、恐怖に凍りついて石になる。ペルセウスは、鏡を使って近づき、これを倒す。その後ペルセウスはゴーゴンの首を使って、アトラスやクラーケンを石に変えている。しかし、真に恐るべきはミネルヴァ…。

この物語は、ルーべンスやクリムトによって具象化されている。生物が石になる漫画といえば、「幻魔大戦」「サンダーマスク」「ピグマリオ」が思い浮かぶ。これらの石化は、元素変換即ち炭素をケイ素に置換してしまう荒技である。
ドリテアは戯れに、鮫や海草を石にしている。これはペルセウスが、砂浜にゴーゴンの首を置いた際に、ニンフ達が面白がって次々と海草を石化させたくだりに由来していると思われる。

神話では、このゴーゴンに近づいて、妊娠させた男はポセイドンだけである。

026◆海底火山◆

ポセイドン族の究極兵器は、オリハルコンを用いて、火山噴火を誘発させる力である。但し、火山地帯や地殻の薄い所という地質的制約は伴うようである。

南下してメドンと合流していたトリトンは、伊豆-小笠原-マリアナ弧のいずこかに居たようである。南から順に、有名な火山名を揚げると、アンガール、パラオ、ヤップ、グアム、ロタ島、エスメラルダ礁、アギグアン、テニアン、サイパン等と続く。思わず旅行したくなるライン・アップだ。これらの内、エスメラルダ礁(ジーランジャ堆)、福徳岡の場、海勢場、噴火浅根、明神礁は海面下にある。

「海のトリトン」放映と相前後し、この海域で発生した海底噴火を拾ってみると、明神礁(70年)、西之島付近(73〜74年)、南硫黄島北東(68‐72‐73〜74年)、ウラカス西北方(69‐73〜74年)といった所か。
ポセイドン族が力を奮い易いこの海域は、完全にドリテアの掌中にあったと考えられる。たとえ大海亀メドンといえど、いつでも抹殺できる自信があったに違いない。

海底火山噴火の観察例は少ない。アイスランド・スルツェイ島は、38ケ月に渡って誕生から活動停止まで詳細が記録された稀有な例である。まず、海上に船火事のような赤い火が立ち昇った後、真っ赤に焼けた火山弾が吹き上がり、2時間後には噴煙が海上三千五百mまで達している。また、火口が海面下にある間、頻繁に稲妻が発生しており、美しくも凄まじい光景を造り出している。この噴火は1963年に発生したが、「海のトリトン」では稲妻は描写されていない。自然現象のアニメ化の際には、一考願いたい事柄のひとつである。