Tの拾遺

(テキスト作成は1997年)

第9話 ゆうれい船の謎

脚本・富田宏  絵コンテ・山吉康夫

053◆サイレンの歌◆

知の再発見双書「人魚伝説」掲載のドラパー「オデュッセウスとセイレン」は絵が反転してしまっている。という関係ない話はさておき、セイレーン(=サイレン)は歌の力で人を操って死に至らしめる。ホワイト「セイレーンの歌」は、聾の男が見たセイレーンの恐怖を描いた作品で、ここでは船乗りを溺死させずに波打際で餓死させるというものであった。それほど強力なものだということである。

アニメ作品では「ホルスの大冒険」のヒルダ、「妖怪人間ベム」12話、最近では「マクロス・プラス」のシャロン・アップル等がある。セイレーンの歌は、催眠術の一種という解釈と、歌っている時だけ効果のある魔術という二群に分けられる。カミーラは、おそらく前者の部類であろう。でないと、血を吸いながら歌わねばならない。

054◆カミーラの船◆

西暦1861年6月、遭難したガブリエル船長の船。カミーラはこの船を使って、近くを航行する人々を血の祭壇に捧げ続けた。年代と外見から、この帆船はクリッパーと推定できる。当時、大西洋横断には2〜3週間を要し、豪華な宿泊設備を備えているものもあった。船上で多くの結婚式も行われた。ドレッドノート号(1869年沈没)などは大平洋航路にも就航しており、このあたりがモデルとして使われたのだろうか。
さて、カミーラの船を見ると、帆はボロボロなのに静索はおろか動索まで朽ちずについている。ポセイドンの魔力で動くとはいえ、幽霊船らしからぬ風体である。

055◆島と墓地◆

この時期、ポセイドンの怪人たちの主任務は、トリトン族の殲滅ではなく陸の人間を海へ立ち入らせない事である。アニメ・トリトンでは一貫してトリトンを中心とした視点で物語られるため、怪人たちの仕掛けが妙に仰々しく感じられる。しかし、海運国家や漁業関係者は大ピンチだったはずだ。カミーラの十字架千本立ては、即ち千人の失踪者を作る事である。相次ぐ謎の船舶遭難で、海上保険会社は軒並み破産という社会情勢だったかもしれない。

霧の墓地をさ迷う白い影、これは映画「血とバラ」からの取材である。カミーラのスタイルは、「フリークス」のトッド・ブラウニング監督入魂の「古城の妖鬼」(これは吸血鬼映画ではない)から取材している。「怪異・呪いの霊魂」にも霧の中を化物が闊歩するシーンがある。
第9話を、レ・ファニュ著「吸血鬼カーミラ」の翻案とするなら、以下の映画も充分該当するので列記しておく。

  • 「吸血鬼」(1932、監督カール・ドライエル)
  • 「血とバラ」(1960、監督ロジェ・バディム)
  • 「カルンシュタインの呪い」(1963)
  • 「吸血鬼ハンター」(1974)
  • カルンシュタイン三部作(ハマープロ)
  • 「吸血鬼の恋人たち」
  • 「恐怖の吸血美女」
  • 「ドラキュラ・血のしたたり」
  • 「ナイトメア・クライシス」(TV作品)

呪われた島に十字架の列、無人の老朽帆船、仕掛けは堂々たるゴシック・ホラーなのだが、トリトンが海中もヘッチャラなので閉鎖空間になりきれず、妙に明るく感じられる。この違和感は、B級ホラーのノリである。巨大アンコウも余計だ。アンコウを見た瞬間に、オリハルコンの短剣を抜いたら終わってしまうではないか。もしも、このうえトリトンが筏でも作ってカミーラを運んだりしたら、ドタバタ・コメディになったに違いない。実に危うい演出である。

056◆吸血鬼◆

吸血鬼の起源は何か。吸血鬼の特性は、とにかく血を吸う、墓から甦る、獣に化ける、光を嫌い、夜に徘徊する…。非常に古い時代から同種異名の怪物が語られているので、実際の出来事が基になっているのであろう。

墓から甦るのは、いわゆる「早過ぎた埋葬」の類いで、死餓鬼と呼ばれるものも同じ起源と思われる。獣に化け夜に徘徊するのは、中世ヨーロッパの過酷な状況が背景にあるらしい。食料事情の悪さや宗教戒律の厳しさ等の抑圧が原因と言われている。「ハーメルンの笛吹き男」伝説も、子供の大量失踪の原因として、同様の事柄を挙げている。

そして、肝心の血を吸う行為。これは血に浸る事を快楽と感じる、極めて性的悦楽の一面があって、吸血とエロティシズムが容易に結びつく。猟奇殺人と呼ばれる類いにも、限りなく近いものがある。なにせ、気持ちが良いのだから、やめられない止まらないというわけだ。古くは、リアル青ひげジル・ド・レエ、ルーマニアの英雄ヴラド・ツェペシ、小野不由美「悪霊シリーズ」でモデルとしたバートリ・エルジェベト夫人等々…。最近になっても「恐怖の館事件」など、国内外を問わず、どこかで同様の事が起こっている。
つまり、人というのは根源的にこのような黒い影を皆持っている。これが一般の理解だろうと思う。ポセイドンは、このような部分を引きずり出して、尚且つ永遠の命も与えるらしい。欠損したものを補うために、吸血が必要という負の部分も忘れずに。

例えば、人間の体は衆知のように、体に必要なビタミン類を他の動物のように自ら合成できない。しかし、摂取しなければ壊血病等で死に至る。数多く作られた吸血鬼の映画・小説にも同様のシチュエーションで吸血鬼化する作品がある。ポセイドン族は、遺伝子工学の負の情報も手中にしているのだろうか。